2012年01月11日

時間を売って

 新しいスケジュール帳を開くのは楽しい。
順調に予定は埋まってますか?
私、忙しい忙しいと口に出してはいるものの、結構スケジュール帳はすかすか。
改めて眺めてみると、
「あれ?これだけだっけ?」と肩透かしを受ける感じ。
スケジュールで管理する必要のないルーティーンや、やらなきゃいけない「締め切り」が
たくさんあるだけなのか。

 反対に先生のスケジュール帳を覗いてみると、
研究室に居る打ち合わせ、外出会議、出張と蛍光ペンで色分けがしてあって、隙間の細い
余白は移動時間になっている。
朝から深夜に至るまで、色のついていない時間はない。

 時間が売り買いできたらいいのにね。

「2時間ぐらいだったら、売ってもいいよ、」と姉が言う。
「有り余ってそれが悩みだから。」って。
どんだけ贅沢な悩みなのよ。
 
 もし、時間が売り買いできる技術が発明されたら、すごいでしょうね。
世の中に暇がある人はいなくなるんだもんね。
エンデのモモという作品が、そんな話だったような。
その代わり、忙しい人にも
幾分かの余裕ができるわけで、
働きたくない人や、働けない人が時間を売るようになれば、
世の中の富は随分平準化されることだろう。
 一体自分の時間は幾らなら買うだろうか?
一時間一万円でも買う人は当然いるだろうが、私はそんなに金持ちじゃないので、
そうねえ。一時間1000-1500円なら買うかしら。
おっ、平均的なアルバイト時給と同じになった。
代替可能な仕事は、人を雇うことで、時間を買うのと同じ効果があるということか。
でも、欲しいときに自由に時間が売り買いできたら、便利だろうなあ。
明日試験、って時とか、締め切り前とか。
もちろん今とかね。あれっ?今って、、ブログ書いてるじゃない。
これが買った時間だと思うと、にわかにもったいないぞ。


 

 
 
posted by こじか at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

そろそろ別居婚

 定期を半年分買うわけだ。
半年分で14万円、
「大丈夫か?買っちゃって。後半年、ここに居られるのか?」
常に窓口で自問自答、最近はそれさえする暇もない。容赦ない素早さで、
機械は半年後の日付を書き込んだカードを吐き出してきた。

 そんなこんなでなんとか更新して来ましたが、
ついに、半年分を棒に振りそうです。

 人間って変わるよね。
ま、40の子持ち女を引き取ってくれるって時点で
そんないい話ばっかり期待してた訳でもないので、
想定内ではあるけれど、笑える。人生ってほんとに
同じ事が繰り返されるので。

 家賃と光熱費、いささかの学費以外のお金は
だんなが好きにすれば、まあ、いいかと。
 世の中には、生活費を出してくれる
男がいるらしいが、私は出会ったことがない。
話に聞くと、奥さんを養って、自分は稼いだ中の
こづかいのみで暮らしてるそうだ。
都市伝説だな。逆に私が同じ立場に
なるのは考えたこともないからなあ。
 
 時間をやりくりして、金かせいで、家事もして
育児して、多分わたしと同じことが出来る人は
少ないであろうと思うあわただしい生活。

 しかし、残念ながら、それは相方にとって
何の喜びももたらさないようになりました。
まあ、一度は自分の引き受けた責任に、
疑問を感じるのも分からないでもない。

 普通だったら個体間の差異で済むような事柄、
通常、いさかいの種にはなるけど、下らない、
細かい事ですごく怒るようになって、口を訊かなくなって
物を投げるようになってぶつようになって。

 この状態は、何かの修行なのか?
自分良ければ全てよし、という人生を送ってきたことへの
神様の警告とか、、でもすでに同じような警告されてるし。
ワンパターンなんだよ。神様。全く悔い改めないぞ。

 こっちは普通にしているのに、
一ヶ月も挨拶さえしないって家庭として
成り立つのムリでしょう。色々分担してるんだからさ。

どんな大船、豪華客船に乗ったつもりで結婚したか知らないが、
最初から私は「ウチは沈没船だから。」って
宣言してるぞ。一回難破して沈没済みだから。
みんなで協力しなければ酸素もなくなり、
生きていけない環境だから。
  
 嫌なことがあると、「じゃあ、もうご飯食べない!
洗濯物も別にする!」
分からない。その行為の目的、ゴールはなんなんだ?
懲罰を与えたら、良くなるとでも思ってるのか。
いや、変わらない。ましにはなるかも知れないが、
根本はかわりっこない。
逆にその管理しようとする姿勢が私の琴線に触れる。
 そうしたいことなら、難しいことでも、なんとしたって
やってみせるが、しなきゃいけないって言われると
簡単なことだって、絶対したくなくなる。
幾つになっても、変わらない。

 それでも、自分で選んだことなら、
何もないよりも、色々あった方が面白い。
分かったつもりで、まだまだ理解できなかった思いも、
今なら分かる。
愛するのと憎むのと同じ感情なんだもの。
いっぱい愛して、沢山生きたいわ。

 「お弁当を作ってくれれば、後はどうでもいいや。」
昔はそう言ってたけど、
 「あなたの作った弁当は食べたくない。」
今朝はそう言ってた。

 突然、ひらめいた。
何やってんだろう。私。
居て迷惑なら出てけばいいじゃん。
義務みたいに怒ってる日常から解放するぐらいの
やさしさは、うん、わたしにも残ってるぞ。
 ここに愛がない、愛がないとこでは生きられないわ。
どこに住むかも決めてないけど、出て行こう。


 


 
 
 




 




 
 
posted by こじか at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月03日

日溜まりの中に暮らして

 同じパターンを繰り返している。
人生は、同じことの繰り返しではなかろうか。
いつも、ああ、そう思った時にすぐに
行動しなかった事を悔いている。
今回は いちばんの後悔だった。
 
「滝上先生から、はがきだわ。」
裏を見ると旦那様の名前であった。
10月14日に亡くなりました、と。
 
 「滝上塾の敷居は3寸高い」
怖いもの知らず生意気盛りの私学の高校生も、
憧れる先生だった。
 在学中は宿題を忘れてばかり、卒業してから、
はなばなしい業績も上げる訳でなく、
 そんな私の結婚式にも素晴らしいスピーチを下さったのに
結局離婚してしまうふがいなさ。
只毎年の年賀状がせいぜい出来る先生へのご挨拶だった。

いつも、いい加減な約束ばかりしていたが、
待っててくれると思ってました。こんなに早く天に召されるとは。
その自分の愚かしさよ。
「日溜まりの中に暮らして」とは先生の2冊目の、最後のエッセイ集の
名である。本を送ってくれたお礼の手紙も清書せぬまま鞄に突っ込んで、
何週間も持ち歩いていた。合掌。

(出されなかった手紙 11月10日)
 
 先生、2冊目のエッセイ集を送って頂き、ありがとうございます。
お返事が遅くなってごめんなさい、あんまり良い本だったので、
何かもっと気が利いた事を書いてみようと、書きさしてはやめ、
こんなに遅くなってしまいました。
「それにしても相変わらずね、すぐにはがき1枚ぐらい
出すのものですよ、」とおっしゃる先生の顔が浮かんで来ます。
でも、評価を気にして、びくびくする相手が一人位いるのもいいものですね!

まず、表紙の絵がほのぼのとしてよいですね。
紅葉の夕暮れ時のサンシティガーデンが描かれているのでしょう。
 カズオ イシグロの小説の台詞みたいです。
「この夕日のように、人生の中でも一番美しいのは日暮れの時ではないでしょうか。」
先生の文章にも秋空をながめながら、と、ありますね。
私はとてもすきです。
「今日まで歩いてきた様々な出来事の残照に包まれて
「今という時間」を生きているのではないか。」
 先生は沢山の出来事を経験されたから、ひときわその残照も
長く、おきれいなのでしょう。
 読み進む度に心をつかれる一文に出会い、一つ一つ上げると切りがありませんが、
中でも
「育てられたと確信し、心から誇らかに感謝できる母校を持ち、
かけがえのない恩師、たくさんの友達を与えられた幸せを思う時、
神様ありがとうと天に向かって叫びたい。」
 とおっしゃられていること、本当にそう思います。

 昨今、今上天皇が、お体が悪いのに式典に出られるとのニュースを聞きました。
先生がおっしゃっていた「一粒の麦もし死なずば」の言葉が頭に浮かびました。

悪いものとされる「死」「病」は多くのものの「生」に影響を与えるのですね。

 体調のお悪い日もあるでしょうが、辛い苦しいはお書きにならない
先生の文章には励まされます。これからもお元気で、
三冊目ができたら、教えて下さい。仕事や育児に追われてご無沙汰しておりますが、
そのうちに是非伺わせて頂きます。よろしくお願いします。



 

 
 



posted by こじか at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月15日

がんばらないで

がーんばらないで
と、ローザルクセンブルグの歌声が頭の中にこだまする。
あー、疲れてます。
一人でゆっくり妄想したいです。
妄想を具体化するためにだけPC使っている気がします。
ここに住んでー、いくら改装に使ってー、幾ら要るから金借りて
そんな時間つぶしにはPCは非常に便利になりましたね。
世の中のひきこもりもそうやって人生してるんでしょうね。
でも、一日暇な日がないんです。

今週は子供の面倒見過ぎですかね。かなり疲れてます。
これから英語連れてって、
明日も明後日も子供の用事です。
何が楽しいの、ほんとに何が楽しくてこんなに用事多くなってんの。
イベントも断捨離すべきだね。なんで参加の申し込みしちゃったのかなー。
見栄と気遣いと恐怖で参加にマル印したんだっけ。

 なぐさめられて、慰めてくれた気持ちに答えたくて、
すぐに前向きなメールを書いて、あまりに現状とかけ離れてるので
「これは嘘だろ。」と消してを
繰り返し、結局立ち直ってない自分しか返せない。
でも、立ち直ってない自分はわずかに残った素顔の私でもある。
素顔を見せられる事はめったにない。
多重人格の下の迫害された元の人格みたいに、
たまに外に出してもらえては、堰をきったように泣き始める。
この世の中に生きるのは辛い辛いと。



posted by こじか at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

復活の日

ブログを読んでいてくれる人から、
「もう一年も更新していないじゃない」と言われた。
久しぶりに自分のページを見てみると、
「このページは3ヶ月以上更新がありません」と
札が立ててある。
 やばいやばい、消されてしまうよ。更新しなくては、と思ったのが
2月の18日のこと。
「どうしていたの?」
 長い間、旅に出ていた。生活と言う旅、新しい生活に慣れようと一生懸命だったので。
 思えば、ゆっくりパソコンに向かう時間がとれずに1年。
本当に気持ちに余裕がなかったのだなあ。と鏡を見る。
 軽くウェーブをつけてボブに切った髪、手入れした眉、
年相応の目の下のくまや肌の雀斑。大きくて乾いた口唇。
ここに何か答えがあったら、いいのに。
未来から見た過去の選択の正否の答えが表れていないかと
現在の私をじっと観る。
 成果は貯金の残高には現れてないからなあ。

 プロヴァンスに引っ越してからちょうど一年が経ったのだ。
白い鷺が翼を広げてゆうゆうと飛んでいる川沿いを自転車で走る。
川の中にはインドの哲学者みたいに青鷺がたたずむ。
夕暮れは雲の色にかすむ山の稜線。

 最初の半年は通うだけでも大変だった。
一日のうち、3時間が通勤にかかるわけで、
幸い、自営業だから、タイムカードを押す訳ではないけれど、
仕事の量は減らない。
パートさんに来てもらって仕事を割り振ることにした。
 朝から晩までとにかくこなすのに精一杯。活字中毒の
わたしが新聞を毎日読む事をあきらめた。
 今振り返ると友達に連絡する余裕さえなかった。ゆっくり物を書きたいと思える時間もなかった。
まあ、この1年でツイッターやSNSなどウェブを取り巻く環境が変わった事もある。
でも、ツイッターでブログの代わりが出来るかと言うと、そうではない。
なんか叩かれそうで、前向きの人格を無理に作って、ああ、結局だな、
何かを求めるためにもう一人の自分をウェブ上に作るのは手間がかかり、
気苦労が絶えないのだ。
 一人の時は大変とも感じなかったけど、
比較するとまったく、二人で子育てするのは楽なもんだ。
今まで自分の知らなかった所でみんな楽してたんだな。
そう思うと周りの人に今更ながら嫉妬したりして。
休日に後ろから蹴ってやりたかった幸せそうな親子連れ、
休みに子供とサッカーをするお父さん、
今まで、「ケッ!」と石を投げてた駒に、今成れた幸せよ。
所詮、将棋の「歩」が裏返って「と」になった位の差なんだけど。
 というわけで、これからも書き続けようと思う。もー、私の中の
マイナス思考の部分をがんがん出して、おもいっきり不道徳に
一貫性無く、書いていくんだ。

posted by こじか at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

ラジオがパソコンで聞ける!

radiko.jp
15日から待ちに待ったラジオのインターネット放送が始まりました。
今まで雑音で聞いていたのが嘘みたいにクリアな音です。
小田原では、全くラジオが入らないので困っていたけど、良かった。
事務所のラジオも感度が悪くて買い直そうか悩んでいたけど買わないで
済んでまた良かった。
早くNHKも参加して欲しい。
でも、混んでつながらない、ってこともあるのかしらね。
posted by こじか at 16:49| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私をスキーに連れてって2010 その2

 2度目のスキーで、方向転換できるようになりました。
 日焼予防の黒のフェイスマスクをして雪の中に棒立ちしている姿は
マイケルジャクソンのようでかなり無気味。
でも、いいの。
しんと静まり返る吹雪の中、人影ないリフトは
からから空の中をめざしていく。
いつものように死の切っ先がほほをかすめる。
「いつか死ぬなら、雪山で死にたい。」
 アルピニストの気持になる。

 ものすごーくファミリーなゲレンデで、そんな事を
考えている内に子供達はどんどん上達して行った。
誰か一人ができるようになると、出来るようになりたいと
猛然と思うらしい。そのやる気たるや、ほめてもすかしても
親子ラインではとても出て来ない。
 親も大事だけど、身近な他者の存在は子供の能力にとって、
とても影響が大である。
 こうやって色んな事ができるようになったらいいなあと思う。
 グリーンピア津南という所に泊まったのだけれど、ご飯も
美味しくて、遊ぶ所も沢山あった。
後から来た友人が聞いた。
「どう?このホテル?」
「うー。」としゃがみ込む。
「な、何?だめだった?」
「そうじゃなくて、働きたくなくなった!また働きたくなるまで、遊んでいられたらどんなにいいか、、世の中には働かない人がいるらしいが、働きたくない
人の気持、今まで分からなかったけど、今わかったような気がする。
働くなんて平民のすることよね、オッーホホホ、、、、、、
とかいいながら、明日には仕事するのよ、、、100円とかの利益求めて。そうなのよね」
「ははは」
 彼女は下を向き、ポンポンと、肩を叩いた。
 
 帰りはバスと電車の間に時間がやたらと在って、越後湯沢駅で
時間を潰さざるを得なかったのだが、
越後湯沢の駅は、本屋の品揃えがよかった。
いまや、文化は場所に関係ないのだ、と納得した。
大船の駅中本屋も、有隣堂本店もあの位、個性的で愛を感じる
品揃えをして欲しいなあ。
隗集は愛であると、かの柳宗理も言っていたではないか。(ホント?)
愛を感じると、人は幸せになるわけ、わかる?
芸術も仕事も愛を具現化するために在るのです。一部はね。

 結局、帰りの新幹線の中でもやっぱり酒を飲む。

「上越の人は毎日こんなおいしい物食べて、美味しい酒飲んでるのかしら。いいなあ。新潟に生まれなくて、なんか損した気分だわ。」
「あー、働きたくない。ずっとこのまま家に帰りたくない。」
とカップ酒をあおる。

が、帰ってみると、なんだか、体が重い。
ウエストゴムの上にしっかり載った脂肪がみやげであった。
がーん。
この脂肪落とすためにはどれだけ金と時間を使って、
苦しい思いをしなきゃいけないんだろう。
楽して暴飲暴食すれば、っていうかしてもさ、結局
得はしないのだった。





posted by こじか at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

twitter

 ツイッターをやってみようと思った。
仕事が忙しくて、なかなか書く時間がとれないが、
ツイッターなら合間時間でなんとかなれそうなのではないか。
あの、「つぶやきシロー」も、仕事がないので
ツイッターで呟いていたら、人気者に返り咲いたらしい。

しかし、呟くのもなかなか難しい。
ついつい、長くなり、結論をつけたくなってしまう。

そもそも、呟きたいのか?
いやそんなもんじゃなくて、叫びたい。または、死にたい。
特に曇った夕暮れ時ね。
「もう何もかもやだ!何もかもダメだ、、お先真っ暗だ!」

 漫画バクマンが面白い。
なかでも「平丸先生」という登場人物が好き。
江口寿史をホウフツさせる性格がいい。
熱いまんが大好きの作家ばかり見ていると感動するけど、なんか
つまんない。

「言っとくけどなー、俺は働くのが嫌いなんだ、、」
担当から逃げ回り、理屈をつけては人の所為にしてなんとか
働かないですまそうとする。

でも、結局担当の悪巧みに引っかかって、
いい車とか買わされて、馬車馬のように借金返すために
マンガ書かされる。

頭がいいんだか、悪いんだか分からない。

どっかで見たような性格だわ。
冒頭で、仕事が忙しいと言い訳してみたけど、
ちょっと説得力ないのは自分で分かってる。
睡眠時間はきっちり8時間。
子供の面倒が見られないのが辛いわアとか言いながら、
時間が空けば近所の酒屋で酒飲んで、何も飛んで帰るわけじゃない。
やらなきゃいけないって思うと他の事がしたくなるんだ。

働かなければ、金がなくなるし、
金がなければ、自由ではいられない。
金がなくても自由でいられる人はいるけど、
私はそうじゃない。
この良く分からないくだらない自由の為に
わたしは大事なものを幾つ蹴り倒してきたことだろう。
 
仕事が好きと公言してるのは、
ほんとは怠け者だから。
常に自分に言い聞かせてないと働かなくなっちゃう。

分かってるんだけど、投げ出したくなる。
投げ出したいけど無理。
わたしが現実にできないことをやってるから、平丸好きなのかも。
というか平丸の様に逃げ出しても、追いかけてくれて、
許される立場になってみたい。

hiramaru.jpg



posted by こじか at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

引越し不安

 今日も仕事が終わらなかった。
4時にバイトさんが帰って、その時に一緒に上がらなければ
だめなのに、気がつくともう5時半。
子供の迎えさえもうぎりぎりだ。
今はそれでもなんとかやっていけるけど、
1時間半の通勤があったら無理。
子供が6時に学童終わって、その後の勉強を
見てやることもできない。1年生でそんな放任で、
どんな子になっちゃうんだろ。
 とか言いながら、暇ができると、一人でじっくり
仕事したりするわけだ。
一刻も早く側に行ってあげたいとは思わないわけだ。
知っておくべきこと、書いておくべきことが
山ほどあると急かされる。

 だいたい、一時間半も通勤したら、疲れちゃって
家で寝るぐらいしかできないよ。
何にも考えないで、往復したり、日々をこなすことに
喜びを感じられるような人間じゃないし。

不安っていうかさ、考えないようにしてるけど、
できっこない。
できっこないって分かってることに挑戦する自分がやだ。
posted by こじか at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

契約小学生

 籍を入れていない。
 住所も移していない。
その為に、ウリはプロヴァンスでは、小学校には
一年ごとに入学の再申請をせねばならないのだそうだ。
 
 以前、行儀が悪くてそろばん塾をやめさせられたウリである。
もし、「もう来ないで下さい。」と言われたら、
最終学歴は幼稚園になってしまうではないか。

入籍しないのは、名前を変えると資格関係が面倒だからだし、
住所は働いている側が便利だと思っている。
人間は経験からしか学べないもので、
普通に籍を入れて幸せな人からは、
理解されないだろうなあ。
 阪神大震災でも、最初の大揺れには耐えても
二度目の揺り返しに耐えられず多くの建物が倒壊したではないか。
籍で苦労した身は
同じ失敗をしたくないものなのだ。

 名前についても、通称として新しい姓を使えばよいと
思っていたのだが、そう簡単にはいかなかった。
「ウリや。これからあんた、名前変わるから。」
「やだ。絶対やだ。」
「みんな変わるのよ。国籍が変わって違う名前になる人もいたでしょう。
結婚して名前変わった人もいたでしょう。」
「でも、僕はこの名前がいいの!」
「小学校で家族同じ名前の方が面倒じゃなくていいじゃない。」
「その時は『パパとママが結婚していないから姓が違う』って友達に
説明すればいいもん。」
そ、それはそうだが、、、先方のおばあちゃんおじいちゃんの手前も、
名前は同じ方が望ましいんだけどなあ。
「もし、パパとママが結婚したら、ウリだけ姓が違うけどそれでもいいか?」
「いいよ。とにかくこんな名前絶対やなんだから。」
こんな呼ばわりされるパパも可哀相だが、
親に似て頑固である。これでは無理矢理変えたとしても、小学校で
返事をしないかも知れない。そんな問題を最初から抱えていたら、
最終学歴幼稚園になってしまう!わたしは頭を抱えた。
「あー、わかった!じゃあ公平に、新しい好きな姓にしよ!ウリ、あんた何がいい?
西園寺?」
「ケロタマ。」
「へっ?」
「カエルに玉で蛙玉がいい。ケロって読めないなら、化けるにツユに多いに魔人のまで化露多魔」
口をへの字に結んで答えるウリ。
わたしは表札に並んだ名前を想像した。
化露多魔ろーた
化露多魔こじか
化露多魔ウリ

暴走族ライクな上にどこまでが姓かも分かりにくいし。
これもあり得ない。
 無理矢理に申請して表面はなんともなくても、
どっかひねくれてしまったら嫌だし、、あー、どうしよう!







 
posted by こじか at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。